中島翔哉のカタール移籍に見るキャリア形成。フィーリングで決めたミズカミの留学先

サッカーは国際的な移籍が日常的で、とてもダイナミックな世界だ。

Jリーグではたくさんの外国人選手や監督が活躍しており、外国から別の外国に移籍する選手も多い。

そのダイナミックさからサッカー選手もノマドワーカーと言えるかもしれない。

サッカーのにわかファンであるミズカミが最近特に気になったのが日本代表中島翔哉選手のポルトガルからカタールへの移籍。

俺も御多分に洩れず、円滑な資金により往年のスター選手が在籍しヨーロッパのリーグに比べてレベルが低いであろうカタールリーグに行く事はキャリア的にどうなんだろ?と勝手に思っていた。

カタールへ2度の訪問

中島はカタールへの移籍は在籍していたクラブや代理人主導で行われたものではなくあくまでも自分の意思で決めたという。

それを裏付けるように移籍を決断するにあたりカタールには事前に2度も訪問している。

転職など新しい仕事を決める際、可能な限り新しい職場の情報を集めるのは誰でも思いつくし実行している人もそれなりにいると思うが、

対象が外国になり、実際に2回も現地に行くのはなかなかできる事ではない。

これからサッカーだけでなく、それ以上に家族と幸せに生活する環境として最適なのかどうかを自身で直接見極めに行ったのだろう。

フィーリングで決めたニューヨーク

反対に俺が2001年の同時多発テロの映像(当時のニューヨークのランドマークだったワールドトレードセンターに2機の飛行機が突っ込む映画のような衝撃的な映像)を福岡の実家で母と見た少し後にほとんど何も調べず、訳のわからない状態で2002年5月からニューヨークに留学したのとは対象的だ。

(ニューヨークには全身ユニクロで母が庭で使っていた小さめなサンダルを履いて行った。)

当時は20才で勢いも大事だったが、自分が勝手にイメージしていた環境と実際にはかなり違いがあり戸惑った事を覚えている。

同時多発テロの後だった事もあり、ロンドンやカリフォルニアなど他の場所を検討した事もあったが最後は自分の意思でニューヨークに決めた。

理由は世界を牽引するアメリカの中心部で同時多発テロで狙われる程、世界的にもインパクトがある環境を直接感じてみたかったから。

大学に行くまでの2年間のアルバイトなど大きな脱線を経て、20才から7年間という決して短くはない期間をニューヨークで過ごし、当初の目的であった大学を卒業して2009年に帰国した。

サッカーの基盤となる生活環境

一般的には注目度とレベルが高いヨーロッパのリーグや有名チームでプレーする事がサッカー選手のキャリア的にはよいとされる中、中島の場合はそもそもの価値基準が違うと思った。

サッカー面では自分のプレースタイルに合ったチームである事を強調するとともにサッカーを楽しみよいプレーをするためにはそのベースにある生活を豊かに送る必要があるのは当然である。

これを一般の仕事に置き換えると、単に有名で人気の会社、給料がよい等の(世間的にも受けのよい)理由から仕事を決めるのではなく、

自分の成長にどう役立ち、楽しく生活できるかを第一に考えた結果だと思う。

反対にサッカーを仕事と割り切ってプレーしているプロ選手は短いプロ生活の中でたくさんお金を稼げるチームに行くのは理に適っている。

それらを踏まえた上で、自分のライフスタイルに合う会社やフラーランスなどの働き方を選ぶ事が大切だ。

俺の場合は養う家族がいない楽な立場であり、給与がいくら欲しいなど、経済的な願望や生活に対する不安は全くない。

自由に世界中を動き回って楽しい生活を送りたいのでフリーランスになった。

(お金がなくなれば、バイトすればよい。)

サッカーを心より楽しんでいるサッカー選手のプレーは魅力的に決まってるし、そんな選手を心から応援したい。

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